私は「官舎地区」と呼ばれる区域に、小さな住居を与えられている。
住居には生活に最低限必要な、簡単な家具と
台所では簡単な料理ができるようになっている。もし煮炊きをしたければ、台所用の小型ストーブを使う──電気もガスもない。食器や椅子はどれも質素で使い古されており、形や大きさも不揃いだ。あちこちから急いでかき集められてきたみたいにも見える。窓には木製の
その地区は一昔前にはきっと、
私は昼前に目覚め、支給された食材で簡単な食事を作って食べる。食事らしい食事はこれ一度だけだ。この街では人はそれほど多くの食事をとる必要はないらしい。一日に一度の簡素な食事で用は足りる。そして私の身体も驚くほど早くそのような生活習慣に馴染んでいった。食事を終え食器を片付けたあと、鎧戸を閉ざした暗い部屋にこもり、傷がまだ完全には癒えない眼を休めながら、午後の時間を過ごす。時間は穏やかに流れる。
私は椅子に座り、自分という身体の
日が傾いてあたりが薄暗くなり始めた頃、門衛がそろそろ角笛を吹き鳴らそうかという時刻に、私は(口笛を吹いて)意識を今一度身体に呼び戻し、家を出て徒歩で図書館に向かう。丘を降りて川沿いの道を上流に向けて歩く。図書館は広場の少し先にある。旧橋を前にする広場には、針のない時計台が何かを象徴するように高くそびえている。
私の他に図書館を訪れるものはいない。だから図書館はいつだって私と君だけのものだ。
しかし私の〈夢読み〉の技術には向上らしきものは見られない。私の胸の中で疑問と不安が次第に高まっていく──私が〈夢読み〉に任命されたのは、何かの間違いだったのではあるまいか? 私にはもともと夢を読むような能力は
「心配しないで」と君はテーブルの向かい側から、私の目をのぞき込むようにして言う。「いま少し時間がかかるだけ。このまま迷いなく仕事を続けてください。あなたは正しい場所で、正しいことをしているのだから」
君の声は優しく穏やかだが、確信に満ちている。街の高い壁を構成している煉瓦と同じように、堅固で揺るぎない。
夢読みの合間に、君のこしらえてくれた濃い緑色の薬草茶を飲む。君は時間をかけ、化学者が実験に
一日の仕事を終え、図書館を閉めたあと、私は川沿いの道を上流に向かって歩き、君を「職工地区」の共同住宅まで送る。それが日々の習慣になる。
秋の雨は我々のまわりで、いつ果てるともなく降り続いた。始まりも終わりもない、静かな細かい雨だ。夜には月もなく星もなく風もなく、夜啼鳥の声も聞こえない。中州に並んだ川柳が、細い枝の先からぽとぽとと
私と君は肩を並べてそんな夜の道を歩きながら、ほとんどただ黙っているだけだ。しかしその沈黙は私には少しも苦痛ではない。私はむしろその沈黙を歓迎したかもしれない。沈黙は記憶を活性化させてくれたから。君の方も沈黙をとくに気にはしない。この街の人々は、多くの食事を必要としないのと同じように、多くの言葉を必要としないのだ。
雨が降ると、君は分厚いごわごわとした黄色いレインコートを着て、雨用の緑色の帽子をかぶる。私は住居に置かれていた古くて重い
「職工地区」の共同住宅の前で君は立ち止まり、乏しい明かりの中で私の顔をしばしの間のぞき込む。眉間に軽く
「また明日」と私は言う。
君は黙って肯く。
君の姿が見えなくなり、すべての物音が遠のいてしまってからも、私はしばらくそこに一人で立ち、君があとに残していった気配を無言のうちに味わっている。それから細かく降り続く雨の中を、西の丘にある住まいに向けて一人で歩き始める。
「なにも心配することはありません。ただ時間がかかるだけ」、君はそう言う。
しかし私にはそれほどの確信は持てない。果たして時間を──この街が時間と称するものを──そこまで信用していいものだろうか? そしてこの果てしなく続くように思える長い秋のあとには、いったい何がやってくるのだろう?