街とその不確かな壁

村上春樹



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 月曜日が来ると、私はいつものように朝のうちに子易さんの墓所を訪れた。そして墓石に向かって少年の話をした。彼が「高い壁に囲まれた街」に行きたいと望んでいること。私にそこまで連れて行ってもらいたいと頼んできたこと。でも今のところ私には、彼の願いをかなえてやることはできそうにない。なぜなら、まずひとつには、私はそこへの行き方を知らないから。

 あの少年は──子易さんもご存じのように──この世界においてはどこまでも孤独な存在です。この世界を離れ、「高い壁に囲まれた街」に移行するのが、自分にとってより自然で幸福なことだと固く信じています。

 たしかにそうかもしれない、この現実の世界は彼のための場所ではないかもしれない。血を分けた家族をも含めて、誰にも正当には理解されていません。彼の持ち合わせたとくべつな能力は、あちら側の世界においての方が適切に生かせるかもしれません。

 でも──もし仮に私にそんなことができたとしても──彼の「移行」に手を貸すことが適切な行いなのかどうか、確信が持てないのです。そんなことをする資格が私にあるのかどうか。なんといっても彼はまだ十六歳の少年です。彼のことを十分理解していないとしても、精神的な繫がりが希薄であったとしても、彼がいなくなれば両親や兄たちは肉親として深く悲しむに違いありません。だから私としては子易さんの意見がうかがいたかったのです。もし今、私の言うことが耳に届いていたとしたら、たんのない助言をいただきたいのです。いったいどうすればいいのか、正直なところ途方に暮れています。

 それだけを語り終えると、墓石の前の石垣に腰を下ろして何らかの反応が戻ってくるのを待った。しかし半ば予想していたとおり、反応はなかった。ただ空を雲がゆっくりと流されていくだけだ。山の端から、もう一方の山の端へと。その朝はなぜか、鳥たちの声さえ聞こえなかった。ただ墓地の沈黙があるだけだ。


 その墓石の前で三十分ばかり、沈黙のうちに時間を過ごした。涸れた井戸の底に、一人で膝を抱えて座っているみたいに。そのあいだ何ごとも起こらなかった。ただ頭上を灰色の雲がゆっくり流れ、時計の長針が文字盤を半周しただけだった。それ以外に動きらしいものはない。

 時折顔を上げてあたりに素速く視線を投げたが、イエロー・サブマリンの少年の姿はどこにも見えなかった。墓地には私以外の人影はなかった。私は石垣から立ち上がり、しばらく冬の空を見上げ、それからマフラーを首に巻き直し、ダッフルコートについた枯れ葉のかけらを手で払った。

 子易さんの魂はおそらくもうこの世界を離れてしまったのだろう。最後に彼と会って話をしてから長い時間が流れている。そしてイエロー・サブマリンの少年もまたこの地上から去りたがっている。彼ら二人が実際に(永遠に)いなくなってしまったとして、そのあとも私はここで生き続けていかなくてはならない。それはおそらく味気を欠いた世界であるに違いない。私はその二人に自然な好意と共感を抱くようになっていたから。


 いつものように墓地からの帰り道、駅前の名前のないコーヒーショップに立ち寄った。私はどうやら本格的に、習慣を自動的になぞって生きていく孤独な中年男になりつつあるようだ。カウンターのいつもの席に座って、いつものようにブラック・コーヒーを注文し、プレーン・マフィンを一つ食べた(その日はいつものブルーベリー・マフィンが品切れだった)。いつもの女性がカウンターの中からいつものように私ににっこり微笑みかけた。

 スピーカーからはジャズ・ギターの音楽が小さく流れていたが、その曲名も演奏者も私にはわからなかった。私はその音楽を聴くともなく聴きながら、熱いコーヒーで冷えた身体を温め、プレーン・マフィンを小さくちぎって食べた。もちろんプレーン・マフィンにはプレーン・マフィンの良さがある。

「前々から思っていたんだけど、そのコートはずいぶん素敵ですね」と彼女が私に言った。私は隣の席に置いたグレーのダッフルコートに目をやった。

「このダッフルコートが?」と私は少し驚いて言った。そして読み終えた朝刊を畳んだ。「もう二十年くらい前から着ているものだよ。よろいみたいに重いし、デザインも昔っぽいし、おまけにそれほど暖かくないし」

「でも素敵よ。最近の人たちはみんな同じようなダウンコートを着ているから、そういうのが新鮮に見えるんです」

「そうかもしれないけど、こんな寒い土地には不向きだ。次の冬には新しくダウンコートを買おうと思っていたところだよ。その方がずっと暖かくて軽いから。ここで冬を迎えたのは初めてだから、気候のことがよくわからなくて」

「でも私、昔からなぜかダッフルコートって好きなんです。心が惹かれます」

「そう言われるとコートも喜ぶだろうけれど」と私は言って笑った。

「ひとつのものを長く大事に使うタイプなんですか?」

「そうかもしれない」と私は言った。誰かにそんなことを言われたのは初めてだったが、言われてみればそのとおりかもしれない。ただ買い換えるのが面倒なだけなのかもしれないが。

 店には私のほかに客はいなかったし、彼女はコーヒーを作る湯が沸くのを待つあいだ、軽い話ができる相手を歓迎しているようだった。

「ここで冬を迎えるのが初めてだというと、もともとこの町の方じゃないんですね?」

「去年の夏にここに移ってきて、住み始めたばかりなんだ」と私は言った。「だからこの町のことはほとんど何も知らない。それまではずっと東京に住んでいたから」

 あの煉瓦の壁に囲まれた街に暮らしていた期間を別にすれば、ということだが……。

「こちらには、お仕事で越してらしたんですか?」

「うん、この町にたまたま仕事の口があったものだから」

「じゃあ、私と似たような境遇ですね」と彼女は言った。「私も仕事を見つけて、去年の春にこちらに越してきたばかりなんです。それまでは札幌に住んでいました。そこで銀行に勤めていたんです」

「でもその銀行の仕事を辞めて、ここに移ってきた」

「ずいぶんな環境の変化です」

「この町に誰か知っている人がいたの?」

「いいえ、知り合いは一人もいませんでした。あなたと同じように単身ここにやって来たんです」

「そしてこの店で働き始めた?」

「実を言うと、インターネットでこの物件を見つけたんです。コーヒーショップが売り物として出ていました。何か事情があって、オーナーが早急に手放さなくてはならず、相場よりかなり安い値段で譲りたいということでした。それで店の権利を居抜きで買って、新しいオーナーとしてここに引っ越してきました」

「ずいぶん大胆なんだね」と私は感心して言った。「都会での銀行勤めを辞めて、何も知らない遠くの小さな町に一人で移ってきて、そこで商売を始めるなんて」

「いろいろと事情があったんです。ほら、このあいだの男の子も言っていたでしょう、水曜日生まれの子供は苦しいことだらけだって」

「あの子が言ったんじゃない。ぼくが言ったんだよ。そういう童謡の文句があるって。あの子は『あなたは水曜日生まれだ』って言っただけだ」

「そうだったかしら」

「あの子は基本的に事実しか言わない」

「事実しか言わない」と彼女は感心したように繰り返した。「それってすごいことみたいですね」

 それから彼女はゆっくり私の前を離れ、ガスの火を止め、沸いた湯で新しいコーヒーを作り始めた。私は席を立ってダッフルコートを着た。そして勘定を払い、店を出ようとした。しかしそこで何かが私を引き留めた。私は歩みを止め、もう一度店の中に戻り、カウンターの中でコーヒーを作っている彼女に話しかけた。

「こんなことを言うのは厚かましいかもしれないけど」と私は言った。「食事か何かに、いつか君を誘ってもかまわないかな」

 その言葉はとても自然に、すらりと私の口から出てきた。ほとんど迷いもなく、ためらいもなく。頰がいくらか赤らんだ感触があるだけだった。

 彼女は顔を上げて私を見た。目を軽く細めて、見慣れないものでも見るみたいに。

いつか?」と彼女は言った。

「今日でもいいけど」

「食事か何か?」

「たとえば夕食とか」

 彼女は唇を少しだけすぼめて、それから言った。「今日の夕方の六時には店を閉めます。後かたづけに三十分近くかかるけど、もしそれからでよければ」

 それでいいと私は言った。午後六時半は夕食にふさわしい時刻だ。「六時にここに迎えに来るよ」

 私は店を出て、家までの道を歩いた。そして歩きながら自分が彼女に対して口にした言葉をひとつひとつ思い返し、不思議な気持ちになった。その瞬間が来るまで私には、彼女を食事に誘うつもりなんてまるでなかったのだ。しかし言葉はほとんど自動的に私の口をついて出てきた。考えてみれば、女性を食事に誘うなんて、ずいぶん久方ぶりのことだった。いったい何が私にそんなことをさせたのだろう? ひょっとして彼女に心を惹かれているのだろうか?

 そうかもしれない、と思う。

 しかしもしそうだとして、彼女の何が自分を惹きつけるのか、それがわからない。前からその女性に対して漠然とした好意を抱いてはいたけれど、それはとくに何かを──より親密な繫がりのようなものを──求める好意というのではなかった。毎週月曜日の昼前に、私にコーヒーとマフィンをサーブしてくれる感じの良い三十代半ばの女性、それだけの存在だった。ほっそりとした体つきで、一人で機敏に働いている。その微笑みには自然な温かさが込められている。

 その日、彼女のどこかにとりわけ心を惹かれたからこそ、彼女を食事に誘うことになったのだろう。彼女と交わした短い会話の中の何かが、私の心を刺激したのかもしれない。あるいは私はただ一人でいることに疲れて、気持ちよく会話のできるいっせきの相手を求めていたというだけかもしれない。でも、たぶんそれだけではあるまい。直感のようなものがそう告げていた。

 でもいずれにせよ、それは既に起こってしまったことだった。私はその場で半ば無意識的に、ほとんど反射的に彼女を食事に誘い、彼女はそれを受けた。考えてみれば多くのものごとはそうやって、当事者の意図や計画とは無縁に、自然に勝手に進行していくものなのかもしれない。そして更に考えてみれば、今の私には意図や計画といったものの持ち合わせはほとんどないみたいだった。

 帰り道にスーパーマーケットに寄って、一週間ぶんの食材を買い込み、帰宅するとそれを小分けにして冷蔵庫に収め、必要な下ごしらえをした。それから掃除機を使って部屋の掃除をし、浴室をきれいにして、シーツと枕カバーを交換し、溜まっていた洗濯物を洗った。ついでにアイロンもかけた。いつもの月曜日と同じ手順で。すべての作業は無言のうちに要領よくなされていった。いつもと同じように。

 三時過ぎに一通りの作業を終えると、日当たりの良いところに読書用の椅子を置いて、読みかけていた本を開いた。しかしなぜか読書に気持ちを集中することができなかった。それはいつもと同じ月曜日ではなかったからだ。私は一人の女性を食事に誘っていた。そして彼女は(数秒のためらいの後に)誘いを受けてくれた。それは私にとって何か大事なことを意味しているのだろうか? あるいはそれはものごとの大きな流れとは関わりを持たない、ささやかな脇道的エピソードに過ぎないのだろうか? だいたい「ものごとの大きな流れ」なんてものが私の周りに存在するのだろうか?

 そんなことをぼんやり考えながら、夕方までの時間を送った。ラジオをつけると、FM放送でイ・ムジチ合奏団の演奏するヴィヴァルディの『ヴィオラ・ダモーレのための協奏曲』がかかっていたので、それを聴くともなく聴いていた。

 ラジオの解説者が曲の合間に語っていた。

「アントニオ・ヴィヴァルディは一六七八年にヴェネチアに生まれ、その生涯に六百を超える数の曲を作曲しました。当時は作曲家として人気を博し、また名ヴァイオリン奏者としても華やかに活躍していたのですが、その後長い歳月まったく顧みられることなく、忘れ去られた過去の人となっていました。しかし一九五〇年代に再評価の機運が高まり、とりわけ協奏曲集『四季』の楽譜が出版されて人気を呼んだことで、死後二百年以上を経て、一挙にその名を広く世界に知られるようになりました」

 私はその音楽を聴きながら、二百年以上忘れ去られることについて考えてみた。二百年は長い歳月だ。「まったく顧みられることなく、忘れ去られた」二百年。二百年後に何が起こるかなんて、もちろん誰にもわからない。というか、二日後に何が起こるかも。


 イエロー・サブマリンの少年は今ごろ、何をしているのだろうと、私はふと思った。図書館の休館日を、彼はいったいどこでどのように送るのだろう? 図書館が開いていなければ、おそらく手持ち無沙汰であることだろう。添田さんの話によれば、家の中で本を読むことは父親によって厳しく制限されているということだから。

 そんなとき彼の頭脳の内側でいかなる作業が進行しているのか、私には想像もつかなかった。あるいは一週間のうちに蓄積された大量の知識が、その閑暇を利用して系統的に整理され、並べ替えられているのかもしれない。『家庭の医学百科』と『ヴィトゲンシュタイン、言語を語る』のそれぞれの断片が彼の中で有機的に結びつき、絡み合って巨大な「知の柱」の一部と化しているのかもしれない。その柱は──もしそんなものが実際に形成されているとして──どのような見かけの、どれほどの規模のものなのだろう? それは彼の内側に形成されたまま、人目にさらされることはないのだろうか。出口を持たない膨大な入力のモニュメントとして。

 あるいは彼の父親が強権的に下した命令は(結果的に)正しかったのかもしれない。読書(入力作業)をいったん休止し、それまでに取り入れられた膨大な知識を仕分けし、脳内の適所に順序よく収納するための時間を設けることも、少年には必要であったはずだから(スーパーマーケットで買ってきた食材を仕分けし、冷蔵庫に収納するのと同じように)。でもそんなことはみんな私の勝手な推測に過ぎない。少年の脳内で実際に何がどのように進行しているのか、それは彼自身にしかわからないことだ。

 それでも私は目を閉じ、孤独な少年の内部に打ち立てられた知の柱(とでも呼ぶべきもの)の姿を思い描かないわけにはいかなかった。それは地底の闇の奥に聳える、巨大な鍾乳洞の柱のごときものなのだろう。人が未だ足を踏み入れたことのない漆黒の暗闇に、誰の目に触れることもなく堂々と屹立している。その暗闇の中では、二百年など取るに足らない時間なのかもしれない。

 あるいは彼は、「壁に囲まれた街」に入っていくことによって、その「知の柱」を有効に活用できるようになるかもしれない。そこに知のアウトプットの正しい道筋を見いだすことになるかもしれない。

 イエロー・サブマリンの少年……彼自身がそのままひとつの自立した図書館になり得るのだ。私はそのことに思い当たり、大きく息を吐いた。

 究極の個人図書館。

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